名前:渕 正信(フチ マサノブ)
生年月日:1954年1月14日
出身地:福岡県北九州市
身長:183cm
体重: 105kg
デビュー:1974年4月22日 対 大仁田厚
得意技:フェイスロック
バックドロップ 各種拷問関節技
タイトル:世界ジュニア アジアタッグ
入場テーマ:
デンジャー・ゾーン/『トップガン』

1974年2月、全日本プロレスに入門。
1989年10月20日からの第10代世界ジュニア王者時代には、14連続防衛の長期政権を確立。
ヘビー級のジャンボ鶴田、ジュニアへビー級の渕正信として一時代を築いた。
2004年の5・22後楽園大会では、天龍と組んでアジアタッグ王座を見事に奪取。
最近はスポークスマン、小説家、テレビ解説者としてリング外でもマルチな活躍を見せる全日本の重鎮だ。
 
 
 
 
 
ジャックブリスコ
2010.02.08

 

あのジャックブリスコが死んだ。

 

 

先日のウイリアムスといい、私にとって思い出深いレスラーが次々とこの世から去って行く。私がブリスコと初めて会ったのは1974年12月2日。そうジャイアント馬場さんが鹿児島においてNWA世界ベルトを巻いた日である。

 

 

その日の朝、城山ホテルのロビーで時の世界チャンピオンジャックブリスコと会ったのである。まだ30代前半で長髪の若きハンサムなチャンピオンであった。私はまだ入門して1年もたっていない若僧だった。

 

 

そんな私にブリスコは気さくに声をかけてくれた。それから6年後、私はアメリカに旅立ち、フロリダとノースカロライナでジャックとジェリーのブリスコ兄弟と再会し、何度も試合をした。

 

 

兄弟揃ってアマレスの全米チャンピオンだったのでグランドレスリングの技術は凄く、到底私などは太刀打ちできなかった。

 

 

1982年の暮れだったか?ノースカロライナのテリトリーの中で千人ほどの観衆が見守る高校の体育館でジャックブリスコと私はメインで試合をした事がある。大会場での大試合じゃなくアメリカ流にいえばスポットショーと呼ばれる何のへんてつも普通の小さな試合。

 

 

むろん私がヒールでジャックがベビーフェイスの人気者。会場の百パーセントのブーイングを浴びながら私は憧れのジャックブリスコと試合をした。結果はもちろん私の負け。決まり手は逆さ押さえ込み。60分1本勝負だったが、なんと50分以上のマラソンマッチとなった。

 

 

当然ブリスコは手加減してくれた。相対した私にはわかる。本気を出せば15分ほどで決着はついた。当時は2人の実力差はかなり開いていた。ブリスコの得意技四の字固めも何度か架けられた。わざとロープ際でね(笑)。

 

 

私との試合を楽しんでる風だった。ジャックブリスコにとっては余裕の試合。また私にとっては思い出深い試合。36年となる私のプロレスキャリアの中で今だにシングルマッチの最長記録である。

 

 

私は28歳だったが、あのジャックブリスコとノースカロライナの片田舎の会場で50分を超える試合ができたことを今となっては誇りに感じている。もはやシングルマッチにおいて私自身の歴史でこの試合時間を超えることは絶対にあり得ない!(笑)

 

 

それにしてもジャックブリスコはモテてたなあ。震い付きたくなるほどのいい女のガールフレンドがたくさんいたぜ!羨ましいかぎりだった。合掌。

 

 



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この記事のコメント一覧

渕選手、素晴らしいジャックブリスコとの思い出話を有難うございます。私のような素人にはサイズ的にも大きくないブリスコに強さは感じませんがレスラーの評価は高いですね、やはりアマレスのバックグランドってやはりプロレスするにおいても卓越したものがあるんですかね。

Posted by: ぱんちょ  at 2010年02月11日 17:45

馬場さんがブリスコに勝った翌日、中京スポーツの一面で「やった馬場、世界を奪う!」の文字を見て、四日市駅のホームを万歳して走ったことが昨日のことのようです。このところ、こういったお別れが多くて、ホントに寂しいです。。。歳をとるって、こういうことなんでしょうかねえ。。。

そういえば「GyaO!」で見ましたよ! 昭和61年の「渕正伸 VS 小林邦昭」戦。今見ても興奮する凄い試合ですね〜。若いファンの方にも見てもらいたいなあ、渕さんが本当に強くて怖かった頃の映像を。

Posted by: トッキー  at 2010年02月10日 02:16

悲しいですよね 時代をつくりあげてきたたくさんのひとがどんどん居なくなっていきます

Posted by: フッチー  at 2010年02月09日 23:01

素晴らしい思い出ですね
渕さんの長いプロレス人生にはたくさんの勲章があるんですね

ルックスの良い、とても芸術的なプロレスをされる選手だったと記憶しています

ご冥福をお祈り致します

Posted by: 黄一点  at 2010年02月09日 21:31

渕さんこんばんは。
ジャック・ブリスコさんとの思い出を聞かせてくださってありがとうございます。

私はプロレスを知ったばかりで何もわからないのですが、偉大なレスラーが旅立つのは悲しいです。

Posted by: チェリ子  at 2010年02月09日 19:43

亡くなったのは、何日か前に知ってたんですが、気のせいなのかどうなのか、不幸事が続きます。
プロレスラーは早死に多いですね。原因はステロイドや事故、病気等いろいろですが。
アメリカと言うと、マサ・フチ時代ですね。ミスターオオニタ共々、ジェリー・ローラーが良くしてくれたとかいろいろ覚えてます。
で、渕さんのフィストドロップも、ジェリー・ローラーが原点だと言うのも覚えてます。懐かしいなぁ。

Posted by: けん  at 2010年02月09日 00:43

 南部の麒麟児と言われた元NWA世界王者、ジャックブリスコ選手の訃報には驚きました。
 残念の一語ですが、プロレスファン歴40年を越える小生には数多の外国人レスラーで一番好きな選手でした。山田さんの解説といい倉持さんの実況もさることながら馬場さんとのベルトをかけた一戦。
 鹿児島での奪取というのがまたよかった。
 そんな名優を語る著書を執筆できるのはマスコミでは菊池孝さんレスラーでは渕さんしかいないと思います。
 是非、御発刊の程を期待して止みません。
 今回のブリスコ選手との逸話もどこかの頁にと。

Posted by: さか  at 2010年02月08日 23:55

そうですか。ジャックブリスコさんが亡くなられたのですか。悲しいです。
馬場さんが最も権威あるNWAのタイトルを取った相手ですよね。もうそんな年齢だったのでしょうか。
でも、渕さん凄いです。あのジャックブリスコとメインで50分戦ったなんて。ブリスコさんが手加減なんてご謙遜を。
ジャックブリスコは、ドリーファンクJr、ハリーレイスと同世代の3羽烏の強くカッコイイレスラーでした。
ご冥福を祈ります。
合掌

Posted by: マージナルマン  at 2010年02月08日 22:53

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