名前:渕 正信(フチ マサノブ)
生年月日:1954年1月14日
出身地:福岡県北九州市
身長:183cm
体重: 105kg
デビュー:1974年4月22日 対 大仁田厚
得意技:フェイスロック
バックドロップ 各種拷問関節技
タイトル:世界ジュニア アジアタッグ
入場テーマ:
デンジャー・ゾーン/『トップガン』

1974年2月、全日本プロレスに入門。
1989年10月20日からの第10代世界ジュニア王者時代には、14連続防衛の長期政権を確立。
ヘビー級のジャンボ鶴田、ジュニアへビー級の渕正信として一時代を築いた。
2004年の5・22後楽園大会では、天龍と組んでアジアタッグ王座を見事に奪取。
最近はスポークスマン、小説家、テレビ解説者としてリング外でもマルチな活躍を見せる全日本の重鎮だ。
 
 
 
 
 
馬場さんの話
2008.11.30


 馬場さんの話をしようと思う。

私がジャイアント馬場の本格的ファンになったのは昭和41年2月頃だ。

 

 

当時インターナショナル王者だった馬場さんにかの鉄人ルーテーズが挑戦してきた辺りだった。私は小学校6年生。毎日九州スポーツ紙(東スポ)を買いに行ってた。

 

 

 

その頃プロレスはいつも一面。馬場と書いた赤い文字が紙面を彩ってた。当時北九州地区にはプロレス放送がなく、情報網は新聞とプロレス雑誌であった。

 

 

 

ともかくその頃のジャイアント馬場の知名度、人気は王、長嶋に勝るとも劣らないほど。まさに国民的ヒーローだった。力道山時代以上のトップ外人レスラーが来日してジャイアント馬場のベルトに挑戦した。

 

 

 

ファンは大熱狂!ルーテーズ、シュナイダー、モンスーン、コックス、エリック、サンマルチノ、デストロイヤー、キニスキー、ブルーザー、コワルスキー、ブラジル、そしてドリーファンクジュニア…などなど。馬場さんのタイトルマッチは常に大会場でいつも超満員。

 

 

 

テレビの視聴率も30%代。凄かったんだね。年収ももしかしたら全スポーツ選手中No.1だったかも?よく当時からいるベテランプロレス評論家の一括した意見は、もしジャイアント馬場がいなかったら日本のプロレスは力道山時代で終わっていた、ということ。力道山が亡くなったのは昭和38年の暮れ。

 

 

ジャイアント馬場はその翌年から独立する昭和47年の9年間日本プロレス界のエースとしてファンを熱狂させた。昭和47年10月に馬場さんは全日本プロレスを旗揚げする。

 

 

 

私が入門したのは49年の4月。

子供時分から私のヒーローだった人の弟子となった。

 

 

 

次回へ。



 
血糖値を気にしながら…。
2008.11.29

昨夜は10年以上友達付き合いをさせてもらっている猪瀬医師と銀座に新しくオープンした店「サルヴェール」に行った。

 

 

 

明るくていい店だ。気さくな美奈ママは猪瀬さんと気が合う。焼酎の呑むペースが上がる。私は払ってないが、料金もリーズナブルのようだ。ご馳走なって何を言う?(笑)

 

 

 

その後2人して六本木に向かい、「龍」で呑む。ここではカクテルを呑む。モヒートとジンバック。鯵の開きまで食べてしまった。旨かった!和歌ママと猪瀬さんはまた仲が良い。猪瀬さんはなぜか今モテ時期みたい?(笑)

 

 

 

だけど気の合う友人と呑む酒旨し!だね、全く。その後深夜猪瀬さんと別れ、代々木まで歩いて帰宅する。血糖値を気にしながら…。後一ヵ月半で私は55歳になる。



 
命日
2008.11.28

本日11月28日は我が父の命日だ。

父は4年前に78歳でこの世を去った。膵臓癌だった。

30年以上北九州の家でひとり暮らしをしていた。

母とは離婚はしていないが別居状態だった。

 

 

北九州で試合ある時はなるべく父の元に行くようにしていた。

よく一緒に焼肉屋に行ったものだ。私の酒好きは父の血を受け継いだもの。

子供の頃は酒呑んで酔っ払う父の姿を見て大人になっても

酒だけは呑むまいと考えていたが、そうはならなかった。(笑)

 

 

子供時分、何が嫌だといって父母の夫婦喧嘩ほど嫌なものはなかった。

これは私だけじゃないだろうが、大きな声で怒鳴り合う両親の姿て嫌なものだよね。

子供はどうしても母の味方につく。父はまた寂しそうに酒を呑む。

大人になり父と2人で酒を呑む機会を作るようにした。

父は魚より肉が好きだった。ホルモンが大好物だった。

 

 

A型の父は几帳面でひとり暮らしながら部屋をいつもきれいにしていた。

メモもよく書いていた。ヘビースモーカーだったが還暦を迎えて突然禁煙した。

父のアルバムを見るに母ひとりを写した写真が多くある。

それを見ると涙が出そうになる。やはり愛していたんだと。

 

 

父は病の中北九州より上京して4ヶ月で亡くなった。

自分の葬式代墓代を残し、母には2ヵ月一度の年金も残してくれた。

私はいい年をして今だ父のスネかじりをしている。

独身時代は飲む打つ買うだったらしいが、

結婚してからは酒だけにしてギャンブルも女遊びもせず家庭第一だった。

 

 

別居状態だったが、たまには母とも会っていた。たまに会うから前みたいに喧嘩しない。

案外ひとり暮らしを満喫してた感じだ。散歩も好きだった。やはり私は血を受け継いでいる。

私は自分なりに父親孝行したつもりだが、やはり悔いが残る。

もう少し一緒にいる時間を作ればよかったと。

父の墓は茨城県古河駅そばにある。



 
やはり007
2008.11.27

泣ける映画て言っても感性の問題があるからなあ。

 

 

 

一応ピックアップしてみるか。ダニーケイの「五つの銅貨」ジャンギャバンの「望郷」ケーリーグラントの「めぐり逢い」オードリーヘップバーンの「昼下がりの情事」ビングクロスビーの「ホワイトクリスマス」クリストファーリーヴの「ある日どこかで」高倉健の「遥かなる山の呼び声」などなど…。

 

 

 

アクション物もよく見る。アクション物と言えば、やはり007だな。西村と内田氏も007に関しては相当な通である。私も負けるほど。だから3人揃って007の話となると喧々ガクガクの意見の交換となる。

 

 

 

西村は何か所かの撮影地にも行ってるそうだ。カラオケとなると「私が愛したスパイ」と「ユアアイズオンリー」は定番でいつも唄う。内田氏は印象になった場面をよく覚えていて、あの場面では気の利いたオシャレな台詞を言ったとか、あのアクションは良かったとか。たいしたものである。

 

 

 

ボンドガールにもそれぞれ好みあって、西村は「ドクターノオ」のアーシュラアンドレス「二度死ぬ」の浜美枝らしい。内田氏は「ロシアより愛をこめて」のダニエラビアンキと「ユアアイズオンリー」ボンドガールが好みのよ
うだ。私は「美しき獲物たち」のタニアロバーツかな。(笑)内田氏は同じ作品に出演していた黒人女優のグレイスジョーンズも好きらしい。

 

 

 

見たらわかるが、かなりタフな役柄であり内田氏の別の面が読み取れて面白い!(笑)酒が入っても3人揃うと必ず007の話となる。

 

 

 

どこかのバーでこの3人と同席する事があったら、そば耳を立てて欲しい。(笑)



 
私はオタクオジサンだ。
2008.11.26

昨日ビデオDVDが200本以上と書いたが、とんでもない!500本は軽くある。
まさに私はオタクオジサンだ。



パソコンは持ってないが、全くの休日となればDVD映画三昧だ。
前にも書いたが小便が近いため映画館に行くより自宅で横になって
好きなだけトイレに行きながらDVD映画を見るのがよい。



ミュージカル映画にはかなり前からハマっていたので結構本数を持っている。
アステア物だけじゃなく、ジーンケリー、ビングクロスビー、ジュディガーランド、
ジェームスキャグニー、ダニーケイなど持っている。我々年代には懐かしい名前だね。



むろん「ウエストサイド物語」もある。それぞれしっかりしたストーリーだてで曲もいい。
ミュージカル映画は大いに笑わせてホロリとさせるところがいいなあ。



まあ、全てのミュージカル映画が好きだが、その中でも特によく見るのが、
「イースターパレード」「ヤンキードゥードゥルダンディ」「雨に唄えば」
「グレートフォリーズ」「ホワイトクリスマス」「五つの銅貨」
「マイフェアレディ」「ウエストサイド物語」…結構見るなあ。(笑)



まだまだあるんだけど、どう?見たことある?
これらの作品 もし見たことないなら是非見てくれ。
お涙頂戴物もひとり暮らしにはいいもんだ。
誰はばからずいい年して泣ける。(笑)その話は次回…。



 
六本木銀座の散策?(笑)
2008.11.25

もし私の部屋に来ることがあったら(来ることはないか!)
まず驚くのはビデオとDVDの多さだろう。



我ながらよく集めたものだと思う。部屋に居る時はほとんどテレビの前だ。
大まかに言って私の一日は、午前にウオーキングして午後はDVD映画鑑賞。
そして夜は六本木銀座の散策?(笑)という事だ。



だけど土曜日曜となるとたいがいはテレビの前のソファに座りっぱなしで
何かしらの酒を飲みながらDVD映画を昼夜見て居る。



とにかく200本以上あるんだから選び応えがある。まあ、全て5回6回と見ているがね。
チャップリン物の旧い物からアクション物の新しい物まで揃っている。



私が最近よく見ているのは、007物とミュージカルだ。
ミュージカルとは私を想像するに意外かもしれないが案外好きなんだよ。
ミュージカル映画は最近作ってないので、どうしても旧い物となる。



ここんとこフレッドアステア物を連続的に見ている。白黒からカラー作品まで。
内容もしっかりしてて面白いぜ!ユーモアに富んで笑える。



ま、昔の作品は今のよりテンポがゆったりして私には分かりやすい。
ユーモアのセンスもいい。この話次回も。



 
オジサンの恋
2008.11.24

最強タッグリーグが終わると、もう年の瀬だね。
その前にクリスマスか。いや、その前に忘年会か。



我が「酔夢ナイト」も忘年会を開く予定。私、西村、内田らほとんどが独身のメンバー。
私以外皆それぞれ恋をしているようだ。



オジサンの恋はすぐに始まる。たわいなく始まる。

優しく目を見て微笑んでくれたで恋に落ちる。

一度食事しただけで恋に落ちる。

メルアド交換出来ただけで恋に落ちる。

同伴させられて恋に落ちる。

その後に店内で隣りに座ってくれてボトルを入れさせられて恋に落ちる。

またまたその後のアフター付き合ってくれて帰りにタクシー代渡し
「…さんていい人ね」て言われて恋に落ちる。

カウンター越しの微笑みに長年通うことになり恋に落ちる。

あるいは永すぎた春を続ける本命がいながら、
側に座った愛嬌あるホステスの豊かなバストが触れただけで恋に落ちる。

なんて本当たわいなくオジサンは恋をする。特に独身のオジサンは。

ある面カモネギメンバーの「酔夢ナイト」と合コンする女性たちいませんか?(笑)



 
一期一会だよ!
2008.11.23

「一期一会」かなり前だが、サイン色紙に何か一言添えてくれと言われ
書いた言葉だ。  いちごいちえ、最初は読めなくてね。



茶道の心得の言葉らしいが、いい響きがあって私は好きだ。
どんな言葉、あるいは四字熟語など人それぞれの解釈があるだろう。
一期一会、私なりの解釈は人と人との縁、出会いだと思っている。



子供の頃、同じ小学校に通った。多感は青春時代恋人関係になった。
2人でひとりの女を取り合った。師弟関係になった。
上司と部下になった。ライバルになった。
お互い家庭があるのに不倫関係になった…など。



この世に同時代に生き、広い世の中でこの場所で知り合い、同じ時間を共有している。
それが長い短い関係なしに今2人はそこにいる。別に2人でなくてもいいが。



ともかく今生では、たった一度出会いだけかもしれない。
もう二度と会うことがない事だって大いにあり得る。
先のことがわからない神ならぬ身。




来週会いましょうと約束したが、何かの不都合で、
そのまま一生会えなくなったなんて話もたまに我が耳に届く。
もう二度と会いたくない!と思ってる人もいる筈だしね。(笑)瞬間瞬間、今を大切に。



今、この時代にお互い生きて出会ったことの縁を大切に。
一期一会てそんな意味じゃないかと勝手に解釈している。



次回書こうと思っているが、私の周りの中年連中は独身だが、
それなりに一期一会があったようで、恋をしている輩も多い。



私は浅い付き合いばかりの友人関係となる。
恋をしなきゃなあ。一期一会だよ!



 
オープンタッグリーグ
2008.11.22

本日より世界最強タッグリーグが開幕する。



その前身のオープンタッグリーグをやったのが、1977年だから、もう31年前となる。
当時私はまだ23歳の若手。最強タッグリーグの名にふさわしい凄いメンバーが来日した。




ファンクス、ブッチャー、シーク組、ロビンソン、ホフマン組、デストロイヤー、
レッド組、大木、キムドク組、など。日本チームは馬場、鶴田組、天龍、羽田組、
井上、高千穂組、木村、草津組だったな。懐かしい顔ぶれだねえ。
2週間のシリーズでどこも満員だった。



最終戦は蔵前国技館。
そこで伝説の決勝戦ファンクス対ブッチャーシーク組が行われたんだよなあ。



私は若手としてファンクス側のリングサイドにいた。会場は超満員。
お客さんの熱狂度も凄い!決勝戦は15分弱の試合だったが、
その間観衆は沸きっ放し!これぞプロレス!




勧善懲悪のハッキリした分かりやすいプロレス。
反則勝ちながらファンクスの優勝。彼らは一躍ヒーローとなった。



この大会が大成功したので翌年から最強タッグリーグとしてシリーズを組むこととなる。
ファンクスはその後5年連続出場して2度の優勝を果たしている。



馬場鶴田組もたしか2度優勝しているはず。ハンセン、ブロディ組も優勝したね。
懐かしさでいろいろ思い出す。追々書いて行こうと思う。
さて今年の優勝チームは?



 
霊園散策
2008.11.21

晴天が続く。今日はまた気持ちの良い天気なので雑司ヶ谷霊園を散策した。
青山霊園は何度か行ってるが、雑司ヶ谷は初めてである。



やっぱり広い。いいウオーキングとなった。いろんな分野の有名人のお墓があるんだね。
探すだけで大変だ。



文士の墓が結構あるようだ。漱石、鏡花など。
夢路の墓もあるようだが探し出せなかった。



今日は歴史上の人物として小栗忠順、中浜万次郎。文士として島村抱月。
芸能人では時代劇スターだった大川橋蔵の墓を見つけた。
意外とこじんまりとしたお墓であった。



前に行った北鎌倉の円覚寺には映画監督の小津安二郎と木下恵介の墓があった。
田中絹代といったかつての大女優の墓もあった。



青山霊園には乃木希典とか大久保利通などの墓がある。結構好きなんだよなあ、
霊園散策が。  寒くなる時期だが、それなりに汗がにじむ。
今夜も呑めそうだ。やはり話はそこに行くか?(笑)



 
 
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