名前:渕 正信(フチ マサノブ)
生年月日:1954年1月14日
出身地:福岡県北九州市
身長:183cm
体重: 105kg
デビュー:1974年4月22日 対 大仁田厚
得意技:フェイスロック
バックドロップ 各種拷問関節技
タイトル:世界ジュニア アジアタッグ
入場テーマ:
デンジャー・ゾーン/『トップガン』

1974年2月、全日本プロレスに入門。
1989年10月20日からの第10代世界ジュニア王者時代には、14連続防衛の長期政権を確立。
ヘビー級のジャンボ鶴田、ジュニアへビー級の渕正信として一時代を築いた。
2004年の5・22後楽園大会では、天龍と組んでアジアタッグ王座を見事に奪取。
最近はスポークスマン、小説家、テレビ解説者としてリング外でもマルチな活躍を見せる全日本の重鎮だ。
 
 
 
 
 
つくづく味気ない…。
2008.07.31

まさに現代はインターネットによる情報の時代である。
いい事も悪い事もすべてネット情報にて動いている。
昔じゃ考えられない。地球規模のネット情報である。



たとえば国家が情報操作してもネットマニアにすぐ見破られてしまうだろう。
ネットで人の気持ちを煽る事も出来る。盗聴機なんて簡単に手に入る今、
プライベートを守るのも大変時代。 返す返す昔じゃ考えられない。



外に出てもあらゆる所ビデオカメラが設置されており、ある面監視されている。
携帯電話はますます高性能となり小型化になるだろう。
すでに携帯だけでかなりの用件が済まされている。つくづく昔じゃ考えられない。



テレビ電話はいつ出来る?なんて想像してたが、あっさりといとも簡単に出来てしまった。
本当はもっと前に出来てあったとの話があるが。
いっぺんに発表しないで徐々にみんなに知らせるというのが世の中の仕組み。
タイムマシンだって、もしかしたらすでに…なんてね。



ともかく時代の急激な変化は本当早い。
人間はますます長寿となり、百歳以上は多くなろう。



実際クローン人間もすでに何人かいるなんて情報もあるみたいだし、
これから世の中どう変化していくんだろうね。
パソコンも携帯もなかった我が青春時代は、それはそれで普通に過ごせた。



寅さん映画に携帯電話は出てこない。
「お兄ちゃん、どこでどうしてるんだろうね」と妹のさくらが心配することもなく、
携帯をかければすぐ居所がわかる。寅さん映画の情緒も何もあったもんじやない。(笑)



世の中便利になったのは間違いないだろうがね。
昔は恋文は手紙だった。今はメールで済ます。



若かりし頃、女の子の家に電話するのもドキドキしたもんだ。
父親が電話口に出てきたらどうしよう、なんてね。
それが今じゃ携帯のメールで事足りる。味気ないよなあ。



あっ、メールが来た!銀座の娘から。
…やっぱり同伴の催促。つくづく味気ない…。



 
新たな発見
2008.07.30

事務所から電話があり、携帯番号を聞いたのでかけてくれという事。
その主は上原氏であった。名刺の交換だけで携帯番号はお互い聞いてなかった。
電話してみると近々是非飲みに行こうとなった。



さて最近暑いなか、私は25年にわたり綴ってる日記を朝起き抜けに
読み返す事がたまにある。忘れてたものが、読み返す事で鮮明によみがえり
新たな発見となる。



その発見とは、私は20世紀最後の試合と21世紀最初の試合をやってるんだということ。



2000年12月14日大阪で川田と組み永田飯塚組と戦っている。
これが当時20世紀最後の大試合だと言われた。
もしかしたら他の試合もあったかもしれないがね。当時はそう言われたんだ。



21世紀最初の試合は多分間違いないだろう。
2001年1月2日の昼の試合。第1試合目、相手は馳浩。20分引き分けの試合。
これも21世紀最初の試合だと言われた。



ま、二つとも正式に記録に残ってるわけじゃないけどね。
自分の中じゃかなり記憶に残っている。



あと私はプロレス史に残らない記録があるんだよ。(笑)
それは追い追い…。



 
ああ嫌だ嫌だ…。
2008.07.29

最近のニュースで一番悩ませるというか怖いのは、例の無差別殺人だね。
仕事が出来ないとか、人間関係がうまくいかないからとか、親に対する不信だとか、
その事で何も関係ない見ず知らずの人を傷つけそして殺す。



怒り以上に恐れあきれてしまう。  人の命の重さ尊さをどう考えているのか!



親の教育、学校の教育、友人仲間との関係など、たしかに問題は山積み。
しかし、あまりに視野の狭さの甘えが原因でもあろう。
自己チュー、要するにエゴとは本当怖いもんだ。



全く会った事もなく、たまたまそこに居ただけで殺されてしまう。
その人のそれから人生を自分のエゴのためだけであっさり奪う。
10代20代30代の中でよくキレルという事を言う。



俺はこんなに嫌な思いをしてるんだ、親の言うことが気に入らない、
などそんなテメエの些細なことで殺されたんじゃ堪ったもんじゃない。
本人にとっちゃ些細じゃない、て?とんでもない!長い人生を考えれば些細なことだ。



まして人の命を奪うなんて!全く!被害者で若い人が多い。
それぞれ一週間後一か月後の予定もあったろう。人生の夢も。
なんの罪もないのに視野の狭いエゴイストにいきなり殺されてしまう。



無差別殺人絶対許すべからず!だけど防ぐのは大変。
なんとかならないものか?もう一度言う。
無差別通り魔殺人絶対許すな!ああ嫌だ嫌だ…。



世の中人に迷惑かけなくても楽しい人生を歩めるんだから。
辛い時は誰だってある。そうだろ?



 
酔スイブルースな男です
2008.07.28

世の中には知らなくていいものもある。
ゆうさんの侘しい生活を別に気にする必要もないが、
いつも鮨屋なり焼き鳥屋なりで渋くお湯割りを呑んでる
姿だけを見てれば良かったのかもと思ってしまう。



人にはそれぞれ様々な過去がある。70年も生きてりゃなおさらだろう。
昔官能小説家でその印税と幾らかの貯蓄で食いつないでいる。
その年齢になるまで独りで通しある種達観した面を見せ、
本人の美学かほとんど毎晩六本木に姿を見せる。



それまで自分の過去などあらわにした事などなかったゆうさんが、
あの一枚のセピア色の写真からいろんなことが私の前に出てきた。



万年床が敷いてある赤羽橋の殺風景なアパートに毎晩六本木から深夜帰ってるのだろう。



話しは変わるが、ここんとこ毎日暑いねえ。
全日本選手団はただいま北海道遠征中だが私は一人東京に在宅だ。
みんながハードに仕事してるのに私がのほほんと酒ばかり呑んでるわけにはいかない、
と思ってウオーキングとストレッチはやっている。




がしかし、一汗かいた後のビールは旨い!
自宅には頂きものの焼酎がかなりあるので、ビールの後はロックで呑んでいる。
我が家の近くに居酒屋、イタメシ屋などがあり外食するのも便利。



銀座、六本木にわざわざ出かける必要はない。
…だけど行ってしまうんだよなあ。(笑)
本当に酔スイブルースな男です、私は。




ゆうさんのことを心配する前に先ずは自分のことか?



 
古い2階建てのアパート
2008.07.27

古い2階建てのアパート。

ゆうさんが住んでる所だ。意外というか、地味というか、なんか侘しさを覚える。表札に志堂の名がある。フラフラしながらゆうさんはポケットから鍵を取り出しドアを開けると靴を脱ぎ捨て真っ暗な部屋に倒れ込んだ。

 

 

「ゆうさん、明かりは?」ゆうさんは上体起こし垂れ下がってるヒモを引いた。明かりがついた。籠った匂いがする。馴れた匂いというか、要するに加齢臭である。6畳の和室に4畳半の板張り。多分万年床だろう。その上にゆうさんは倒れ込んでいる。もう寝息を掻いている。

小さなテレビに昭和時代のちゃぶ台がある。殺風景な部屋。枕元に若い男と写ってる少し若めのゆうさんの写真。その若い男が山下か?

 

 

さつきちゃんはすぐに我々のテーブルに来てくれた。少し派手目だが、たしかにいい女である。足もきれいでスタイルも良い。ゆうさんがそばにいなかったら私が口説いてたかもしれない。神谷良介はVIPルームに移ったようだ。

 

 

ゆうさんはさつきちゃんの顔を見ている。「後ろ髪をちょっと上にあげてくれないか」さつきちゃんはニッコリして言う通りした。たしかに咲さんに似てるかも。ゆうさんの呑むペースが早くなった。

 


さつきちゃんが名刺を渡す。ゆうさんはただ見つめてるだけ。仕方なしに私がゆうさんの紹介およびそこまでの経緯を話した「えぇ!初恋の人?光栄です!」案外礼儀正しい女なのか?彼女の名刺にはすでに携帯番号とメルアドが書いてある。

 

 

さつきちゃんは主に私と話し、VIPルームに行った。ゆうさんは急に酔いが回ったのか眠り始めた。年甲斐にもなくトキメキを感じたようだ。後は先に書いた通りだ。



 
酔いつぶれたゆうさん
2008.07.26

その夜、ゆうさんはしこたま酒を呑んだ揚げ句酔いつぶれてしまった。
深夜いい時間になったので勘定しようとしたら、上原さんから頂いていますという。



「いや、それは困る」というと、ゆうさんがむっくり立ち上がって財布を私に預けた。
「あいつに払わしたら駄目だ」と言ってバタンとまた座りこんだ。
中身を見ると6万ちょっとしかない。これじゃあ私の分はない。



上原氏がそばにやって来て
「渕選手、いいから先生をよろしくお願いします。ここは本当大丈夫ですから」
「悪いですね。俺は初対面なのに。大先生は送って行きます」
上原氏黙って頷いて見送ってくれた。



タクシーに乗りこんで酔ったゆうさんから少しづつ住所を聞いて送った。
大江戸線の赤羽橋の近くに住んでいる。六本木から近くていい場所だ。



だけどこのオシャレ場所には似つかわしくないアパートであった。
酔いつぶれたゆうさんに肩を貸し私は階段を上がり2階のゆうさんの部屋に向かった。



 
咲さんに似てる?
2008.07.24

私がゆうさんの席に戻ろうとすると上原氏が「渕選手、まあいいじゃないですか。あの子は当分先生の席には付けないでしょう」「どうして?」「一緒に来た人物、あれは神谷良介。IT関係の仕事で成功している若き実業家だ」「へぇ、テレビで見た事あるかな?」「多分。若いといってももう30代後半だろ。俗にいうヒルズ族で、たしかにやり手ですよ。今度カナダにあるオイルサンドの企業に投資する話もあるらしい。タレントや女子アナとの噂も数多い」とやっかみ顔で話す上原氏。

 

 

「なるほどねえ。モテそうな雰囲気だな」「あの子だって神谷と一緒だからこんなに遅い時間に同伴しても多分誰からも文句はないでしょう。なにせ神谷は金払いがいいからなあ。ま、それだけ稼いでるてことだが」「ふうん…。ともかく一度戻りますわ。どうもご馳走様でした」「あっ、渕選手。先生にお伝え下さい。また小説書くことがあったら是非お願いしますと。うちは待ってますから」私は頷いてゆうさんの席に戻った。

 

 

ゆうさんは酔った目で私をジロリと見て「あの野郎と何くだらん話をしてるんだ」という。「ゆうさんの悪口に決まってるだろうが」「ふん!」「それよりゆうさん、あの角にさっき来て座った子、あの子がさつきちゃんていうんだって。咲さんに似てる?」「ああ似てる」「そうかなあ?とにかくもうすぐここ来るらしいから、後はうまくやって」「おい、なんだよ。それはないだろ!」

 

 

情けない顔のゆうさん。「いい年をして!今はいるよ。彼女が来て乾杯でもしたら」「帰るのか?」「…それかまた上原さんの席に行って話をするか」「おい、今日は俺の誘いに乗って付いて来たんだろ。俺の奢りでいいから」「なにが俺の奢りだよ!まだ一銭も金出してないくせに!調子いいんだからもう!」たしかに今夜のゆうさんは女の子に説教こかないし何かと調子いい。



 
これは、あくまで私の推測
2008.07.23

これは、あくまで私の推測だが、咲さんが結核で余命いくばくもない状況の時、子供がいる事をゆうさんに告白したのではないか。当時ゆうさんはたしかまだ14、5歳。誰の子かわからないが、その子だってまだ幼かったはず。初恋の人咲さんはその事を告げて逝ってしまった。

 

 

その後新聞記者、作家となっていきながら咲さんの子供を捜していたのではないか。ようやく当てがあって捜し出したのが山下という男。多分咲さんの面影があったのだろう。ゆうさんは面倒見る事にした。

 

 


上原氏にとってゆうさんと山下の関係はわからない。ただ山下の死によって売れっ子作家が断筆までするんだから半端な思い入れではない。その前にスポーツ新聞記者からなぜ官能小説家になったのか、そっちの方も興味をひく。

 

 


ま、余計な詮索だな。「ともかくその事があってから桜丸先生とは縁遠くなりました。
だからこの店で見掛けてびっくりしまった」「六本木では有名人ですよ(笑)」「そうですか。だけど先生老けましたね」「今夜は特にね」私はまた笑った。その時、高橋君がそばに来て「さつきちゃん今来ました」と告げる。

 

 

金持ちそうな若い男と腕組んで派手目の服を着た女がさつきであった。少し酔ってるようだ。
写真の咲さんに似てないことはないが、やはり顔も少々派手目。私が見続けるので「渕選手のタイプですか」と上原氏が聞く。

 

 

「いや俺じゃなく大先生のね」「へぇ、桜丸先生の!」と驚く。ゆうさんはわかったのか、彼女の顔を見ている。「少したちましたら側に座らせますから」と高橋君が言う。

 

 

 

さて私もそろそろゆうさんの席に戻るとするか。上原氏には赤ワインをご馳走になるわ面白い話も聞かせてもらった。



 
命を落としたという
2008.07.22

上原氏の話を要約するとこうなる。
桜丸あきらことゆうさんと上原氏の蜜月時代に一人の男が現れた。
山下という名の男で上原氏より少し年配である。



ゆうさんとはどんな知り合いなのか上原氏にはよく分らなかったが、
何か仕事を世話してくれないかと頼まれた。
当時すでに40近い年齢で体格はいいんだが、なにやらボケーとした風貌の山下という男。



上原氏の出版会社は何人もの社員やアルバイトもいて手一杯なので、
友人のプロカメラマンの助手の仕事を世話した。
ところが、動作が鈍い気がきかない、結局のところ仕事が出来ない、と苦情が来てクビ。



車の免許を持ってるて言うんで今度は運送会社を世話した。だけど半年持たなかった。
だいいち免許を持ってなかった。それでも運転助手で雇ってくれたんだがだめだった。
芝居の大道具、スナックのバーテンもだめ。ボケーとしてるのに変に短気で
時たま喧嘩になったようだ。



上原氏からの報告を聞いてさすがのゆうさんもがっくりしたらしい。
仕方なしに上原氏は下請け会社の仕事を世話した。やはり長続きしなかった。



そこで、ゆうさんは上原氏の出版会社で働かせてくれないかと頼んだ。
上司にお願いしたところ、そんな問題児アルバイトでも駄目だと言うことになった。
どうやら山下は少々障害を持ってたようだ。



そこをなんとかとゆうさんは上原氏に頼んだんだが、上司が駄目と言うんだから
仕方がない。それで少し上原氏と溝が出来た。

結局山下はゆうさんの元からも姿を消した。



それから何年かして、その山下が酒に酔ってふらついてて
交通事故に遭って命を落としたという話が上原氏の耳に届いた。
ゆうさんこと桜丸あきらは断筆した。以後小説は書いてない。



ゆうさんと上原氏の関係も溝が出来たままとなった。この話を聞いて私はピンときた。
山下という男、もしかしたら咲さんの子供ではなかったかと。
だからゆうさんはそこまで親身になったのではなかったのか。



 
助平なジジイ
2008.07.20

上原氏が話出した。「桜丸先生とは25年ほど前からの付き合いです。
といってもここ10年近くは、あまり会ってないんですがね。
考えてみればお互いまだ若く元気で、そして一番いい時代だったな。



先生が50代ちょっとで私は30になったばかり」
「上原さんて今いくつなんですか?」「52です」私より二つ下か。



高そうなスーツに高価な時計。そして高級赤ワイン。また新たに注文する。
さすが大手出版会社の重役。白髪まじりの髪形にハナ髭がよく似合っている。
もしかしたら私より年上かもと思ったが、やはり年下であった。



「先生の小説をうちの雑誌に連載されていて、
評判もよく何冊か文庫本になってます。画にもなってます。
女子大生ナツコのアバンチュールは結構な興収だったと聞いてます。知ってます?」



「ああその題名は覚えてるなあ。かなりエッチな内容ですよね」
「そうです。桜丸先生の作品は男性にも女性にも人気がありましたね。
本当に助平な内容なんですが」「それなりに売れっ子だったんだ」



「売れっ子ですよ。忙しかったなあ、あの頃は」「そうだったんだ」
私はもう一度振り返りゆうさんを見る。



さつきちゃんのことはもう忘れてるのか、
渚ちゃんの手をとって無意味な手相診断をしている。
やっぱり助平なジジイだ。「だけど、結構仲は良かったんでしょ?」



「一般的な作家と雑誌社の関係ですが何度か飲みに連れて行ってもらいましたが。
何というかちょっとした手違いというか誤解というか…残念です」
「なにがあったんです?」



 
 
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