名前:渕 正信(フチ マサノブ)
生年月日:1954年1月14日
出身地:福岡県北九州市
身長:183cm
体重: 105kg
デビュー:1974年4月22日 対 大仁田厚
得意技:フェイスロック
バックドロップ 各種拷問関節技
タイトル:世界ジュニア アジアタッグ
入場テーマ:
デンジャー・ゾーン/『トップガン』

1974年2月、全日本プロレスに入門。
1989年10月20日からの第10代世界ジュニア王者時代には、14連続防衛の長期政権を確立。
ヘビー級のジャンボ鶴田、ジュニアへビー級の渕正信として一時代を築いた。
2004年の5・22後楽園大会では、天龍と組んでアジアタッグ王座を見事に奪取。
最近はスポークスマン、小説家、テレビ解説者としてリング外でもマルチな活躍を見せる全日本の重鎮だ。
 
 
 
 
 
URL変更のお知らせ
2010.05.25

ピュアシティサイト管理者からのお知らせです。 

渕 正信オフィシャルブログ - 酔々ブルース

はURLが変更になりました。

 

新しいURLは

 

http://pure-city.jp/fuchi/

 

 

になります。

 

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大変お手数ですが変更をお願いします。

 

これからも変わらずピュアシティブログを宜しくお願いします。

 

ピュアシティサイト管理者より。






 
ラッシャー木村さん死去の報
2010.05.24



いきなりのラッシャー木村さん死去の報。驚いている。
木村さんとはここ10年お会いしていない。




私は全日本に残り、木村さんはノアに行った。
だから話していないし呑みにも行ってない。
馬場さんが生きていた頃、木村さんは
馬場さんのタッグパートナーとして活躍された。



私も「悪役商会」の一員としてよく対戦したもんである。
そして例のマイクパフォーマンス。独身ネタでよく弄られた。
むろん、そのことで真剣に悩んだことなんてなく大いに楽しませてもらった。



リング上では数限りなく対戦したが、
プライベートでも地方や都内など何度も一緒に呑みに行った。
実際、今の若い奴らは真面目で酒なんか呑みに行かない。



結局は年寄り同士、私や木村さん、あるいはやはり亡くなった
大熊元司さんとで赤提灯の居酒屋見つけてよく飲んで酔っぱらったもんだ。
木村さんも大熊さんも焼酎だったなあ。



「渕、マイクで喋る時はな、ゆっくり分かりやすく間をおいて喋るんだよ…」
酒を呑みながらマイクパフォーマンスのコツを木村さんは教えてくれた。
私は今だに焦りがきてできない。



東北沢の鰯専門店、ステーキ屋…懐かしい。
よく連れて行ってもらった。



心よりご冥福をお祈り致します。









 
映画の面白さ
2010.05.24

 

先日映画の面白さを知るには「お熱いのがお好き」がお薦めと言った。

同じくお薦め映画としてバートランカスター主演の「終身犯」だ。

 

 

お熱いのがお好きと同様白黒映画だが結構面白い。

といって喜劇ではなく実話のシリアスもの。

 

 

興味のある人は是非見てくれ。






 
やっぱり…。
2010.05.23

 

土曜日の夜、急遽六本木バーhitomiで再び1日店長をやった。

ブログには載せずにただ友人達にメールや口頭で店に来てくれるよう頼んだ。

 

 

中田さんは気楽にやってくれと言ってくれたが、やはり誰も店に来てくれなかったら寂しいもの。私は早めに来て中田さんと2人カウンターで酒を飲んだ。

 

 

土曜日でもあり、店に来てくれとの急な頼み事でもしかしたら誰も来ないかもしれない。本当に中田さんと気楽な気分で酒を呑み出した。

 

 

その時になんと!真っ先に来てくれたのが星野さん。私は驚き中田さん大いに喜ぶ。その前夜も一緒に呑み、酔ったなかでの頼み事だったのにちゃんと覚えててくれて一番最初に来てくれたのだ。

 

 

その後、保正さんが来てくれた。そしてすぐに曙橋小鉄の悦ちゃんが2人連れてやって来た。私再び驚く。その後伊東さんが同じく2人連れて来店。カウンターが埋まる。

 

 

ハリウッド映画出演が決まった藤本君も忙しい中顔を出してくれた。同じ六本木でバー龍をやっている和華ちゃんも少し遅れてやって来た。にぎやかになった。

 

 

そんな中、星野さんがカードマジックを見せて皆を驚かす。どんな時でもサービス精神で皆を楽しませる。涙が出るほどありがたい。

 

 

伊東さんは最後まで付き合ってくれて、仕上げは龍で飲む。

結局は今回も朝帰り。

 

 

ここんとこ私は特に友人達にお世話になっている。いつになったらお返しができるのだろうか?今の私の状況ではしばらくは無理か…。

ということは甘えっぱなしてこと?

 

 

 

やっぱり…。

 

 

 



 
人生に余裕
2010.05.22

 

「医者と弁護士を知り合いにしたらいい。人生に余裕ができる」

昔まだ20代の若造だった頃人生の先輩によく言われたことだ。

 

 

幸い現在私には医者では猪瀬さん、寺崎さん、そしてリングドクターである林先生と仲良くしてもらっている。

 

 

弁護士では小笠原先生と小川の龍ちゃんはよき飲み仲間であり世話になっている。

 

 

あともうひとつの職種として税理士の宮田先生には毎年苦労をかけている。

 

 

医者、弁護士、税理士、別に計算ずくじゃないが(笑)、こういった方々と知り合えたのは幸運だった。堅い職種の割には皆さん案外楽しい人達だ(笑)。

 

 

中田さん石橋さん猪瀬さん、そして山代温泉雄山閣の松平さんらのように長い付き合いの人もいれば、星野さん、伊東さん、保正さん、藤本君とはここ2、3年のお付き合い。

 

 

懐が寂しくても(笑)、この人達との出会いで日々豊かな気持ちで生きて行ける。やっぱりかえすがえす思うに私は甘え上手だ(笑)。

 

 

その中でも一番長い付き合いだった龍渕さんが今はいないのは本当寂しい…。

 

 

 



 
石田純一と全く同じ
2010.05.20

 

私が生まれた1954年って結構いろんな事があった年だったんだね。

 

 

まあ、なんと言ってもプロレスの国際試合が初めて本格的に始まった事だよな。

 

 

力道山木村組対シャープ兄弟。街頭テレビ前に黒山の人だかりが集まった試合だ。

これによって力道山は国民的ヒーローとなり、プロレスはテレビ時代のけん引車となった。

 

 

同じ年の暮れに力道山対木村のプロレス日本選手権も行われた。

ゴジラが生まれたのもこの年。だから私とゴジラは同年輩なんだ(笑)。

 

 

同じく映画でいうと真知子巻きが流行った「君の名は」。

ヘップバーンカットが大流行した「ローマの休日」。

それと黒澤明監督の名作「七人の侍」もこの1954年に公開されたんだよ。

 

 

かのセクシー女優マリリンモンローが来日して大センセーションを巻き起こしたのもこの年。

「風と共に去りぬ」のクラークゲーブルも来日している。

 

 

悲惨な事故としては洞爺丸転覆。

第5福竜丸が死の灰をかぶった事。造船疑惑にバカヤロー解散。

 

 

時の総理は吉田茂。…そんな時代私はこの世に生を受けた。

 

 

1954年1月14日。56歳。

何故かあの石田純一と全く同じ生年月日(笑)。

 

 

 

 

 

 



 
ジャンボ鶴田さん
2010.05.19

 

ジャンボ鶴田さんが亡くなって10年たつ。

49歳だった。

 

 

今活躍しているレスラー、及びマスコミ関係者でも実際鶴田さんと会ったことがない人も多くなった。来年1月は馬場さんの13回忌だ。

 

 

馬場さんと鶴田さん、この2人がいなくなって10年以上時が過ぎているなんて!

 

 

38年前に馬場さんは全日本プロレスを創立し、すぐに鶴田さんが大学在学中ながら入門した。いや本人の言い方なら就職した。1年後、アメリカ修行から凱旋帰国して蔵前国技館において馬場さんと組みファンクスと対戦した。

 

 

結果は1対1の引き分けだが、鶴田さんはあのテリーファンクから原爆固めで1本奪った。新しいスターの誕生に馬場さんは喜びマスコミも大いに後押しした。

 

 

鶴田さんは20代前半、若く躍動感に溢れていた。人気急上昇。女性ファンがプロレス会場にやって来るようになった。外人トップレスラーともいい試合を重ねた。

 

 

ドリーファンク、ジャックブリスコ、ハーリーレイス、ジンキニスキー、ペドロモラレス、ブッチャー、バーンガニア、ビルロビンソン、フリッツフォンエリック等々。

 

 

私は当時若手ながらよく覚えている。本当一流どころと凄い試合をやっていた。後年「善戦マン」と呼ばれたのは80年代になった頃だった。

 

 

それも84年2月にニックボックウインクルを破りAWA世界タイトルを奪ったあたりから言われなくなった。ファンの後押しもあった。みんなが応援したいレスラーでもあった。

 

 

私にとってプライベートでは青春を共にした先輩であった。鶴田さんファンの女性は何故か皆美人揃い。私は若気の至りで何人かモーションをかけたが常に振られた。鶴田ファンだから当たり前なんだが(笑)。

 

 

鶴田さんのスポンサーに連れられての赤坂六本木通い。華やかなクラブでの飲み会。高級ウイスキーの旨さにプラスして艶やかなホステス達の美しさ。私の欲望に火がついた(笑)。

 

 

鶴田さんも私も20代前半の若者で独身。よく遊んだもんである。もちろん練習だってよくやったさ。仕事に遊びに燃えてたってこと。

 

 

将来に不安なんて全くなかった。若さゆえかもしれないが、馬場さん鶴田さんがこの世から居なくなるなんて考えもつかなかった。

 

 

私もいろんな意味で若かったんだな。

 

 

 



 
マイブームになりそう
2010.05.19

 

中学の授業以来42年振りに縫い物をした。

後楽園大会の時思わずズボンのケツの所を破いてしまった。

 

 

破れたものは仕方ないとほっといていたんだが、

暇なため「やってやるか!」と針と糸を探すことにした。

 

 

確か以前母が使っていたはず。

それで探しだして早速お裁縫の時間。

 

 

案外簡単にうまくいった。

これまで母や妹まかせだったが、これからは大丈夫だ!

 

 

裁縫がマイブームになりそう!?(笑)

 

 



 
酒が抜けない
2010.05.18

 

ここんとこまた酒が抜けない日々が続いている。

星野さんの誕生会が続いたのが引き金か?(笑)

 

 

しかし、楽しいものは楽しい。酒が旨いことには変わりない。

自宅においての飲酒もとっくに解禁している。

 

 

今シリーズ、私は開幕戦の1試合のみ。

他の連中は中国九州へと向かう。

 

 

だから今月末金銭的にかなり厳しい状況だ。

まあいつものことか!?(笑)

 

 

相変わらずマンションの大家さん始め方々迷惑かけてます(笑)。

笑ってる場合かよ!

 

 

それにしても左腕の状態悪し。顔を洗うのもひと苦労。

船木鈴木と組んでの6人タッグ。

張り切ってミサイルキックやった結果だから仕方なし!だな。

 

 

だけどほんのちょっと前ならこんなことには…まあよそう。

誰でも年をとる。

 

 

今日もいい天気だ。

 

 

ウォーキングをするかな。

 

 

 



 
コーナートップからの
2010.05.17

 

昔やったから今でも出来る、との考えが甘かった。

 

 

昨日の試合、コーナートップからのドロップキック。

俗にいうミサイルキック。

何年振りかで久々にやった。

 

 

蹴った後の受け身もちゃんと熟知している。

 

のはずだった。

 

ところが受け身の際の左手の支えが甘く顔面を痛打した。

 

 

昔というか若かりし日には考えられないこと!

我ながら自分の反射神経の衰えに驚愕した。

 

 

もっとやれると思ったんだがなあ(笑)。

 

 

56歳にしてコーナートップに立ってドロップキックをやろうとする気持ちだけでたいしたもんだと我が友人らは言ってくれるが、一夜明けた今日は顔面の額は痛いし左腕は痛くて曲げれない伸びない状態だ。

 

 

顔面痛打もちょっとずれていたら鼻骨骨折の可能性があった。

 

 

ああ、今の私にはミサイルキックは無理だったか!?

 

 

ダメージ大である

 

 

 



 
 
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